孤独は本当にさみしいのか

私自身、昔から群れるのが嫌いであり、高校の時から一つのグループに属しておらず、色々なグループを転々としていた。

 

理由としては

「人は常に孤独との戦いだからだ」

確かに人に支えられ過ごして行くものだが、それは群れとは違うと感じている。

 

それと、中には嫉妬での比較をする人が多々いる。一人どこかに行くと、その人の悪口や噂話を作る。

比較と言うものは一種、差別である。

 

ある視覚障害者の方と知り合いになった。

彼女は薄らとしか見えないと言っていたが、話してみると私の心に今まで、どこかに忘れたいたものが蘇ってきた。声の抑揚や話し方で性格まで当ててきた。それは嫌なことではなく新鮮に感じた。心の穏やかと美しさに感銘を受けた。

それから暫く彼女と出会うことが続いた。

声を掛けると温まる気持ちになる。

ある喫茶店で声を掛けた時、

「アナタのような声が聞こえて嬉しかった」と言ってくれたことは今でも響いている。

素敵な出会いが少しずつ変わってきた。

 

来年からは手話教室や体幹を鍛えるためにバレーを始めたいと思っている。

手話は災害の時、相手の不安を少しでも和らげたいと言う気持ちである。

 

健常者は彼らを特殊と思っていること自体が差別であり、私は彼らに嫉妬することもある。

生まれてからの苦労や辛さはわからないが、どんな困難も受け入れ、常に孤独と戦い、自信を持って行動している姿に美しさを感じる。

 

人は最後は孤独である。

成功者は常に孤独であると言うように一歩前進することは自分との葛藤と勇気である。

 

今度、彼女に会ったら長く話してみたい。