未満の余白

最近、癒しとは…と考える日々

癒しとは

自分で作り出すモノと

他者から与えるモノである

 

自然界と寄り添い

そして

自然にパワーを貰うこと

 

そして大好きな人と過ごすこと

家族や彼

 

 

それにも触れない時は

きっと心の余白が1cmにもない

 

今の私は自分のことしか考えられないくらい

いっぱいいっぱいで

浮き沈みが高くなったり

低くなったりと余裕の言葉さえ出てない

 

時間軸が狂ってきてる

 

自分時間を取り戻す為に…時間を作り

会いに行こう

 

 

大好きな朝焼けと夕焼けに

 

 

 

落ち着いた頃に

大好きなアナタに会いたい

 

【知る】再始動


心に嫉妬がある限り
その先の向こうへは飛び立てぬ

険しく苦しい選択でも
明るい未来があると信じ
道を切り開く開拓者でありたい

逆境の中に改革があり
その身を守る為の保身ではなく
道を繋げる勇者となろう

 

自分を知る旅に再出発

 

✽客観的に自分を見ることが難しくなった時、
否定的ではなく肯定的に考察し、かつ
心の整理をする為に自分を知る作業をします。

これは私にとって、とても重要なことであり
必要不可欠である。

「どうしてこうなったか?原因の知る
どのようにして行くか?冷静に考察
どのような対策するか?結論」

哲学観点で作業をすると客観的考察ができると判断した。
ちょっと時間がかかるけど…
自分なりの答えができたら、
また新しい自分と出会える嬉しさも兼ね備えている。

尊重

 

尊重とは一言で言えば簡単だけど…
実は難しい。

人間というのは自分勝手でエゴな生き物である。
自分の思いが通らないと怒ったり悲しくなったりする。
大人になれば「できる!」と思いがちだが、実のところ、出来ていないことが多い。

 

今までは束縛や干渉をしないことが尊重と思っていたが…「違うのではないか!?」と考えるようになった。

相手のことが気になる、もっと知りたいは関心があることで、それを掘り下げる行動こそが干渉となる。
薄っぺらい関係なら別だが、親密な関係を紐解くと、実は既に干渉や束縛という行為に出ている。

 

KY=空気が読めないと言う言葉
周りを良く見て冷静に判断することができないとされていたが、本当にできていないのは、心の叫びを無視し言いたいことも言えず、その場の雰囲気に流されている者が自己表現できていないだけなのではと考えた。
空気が読めないと個性が発揮できないというのは、実のところ、そういう考えを持っているからではないかと思う。
空気を読むとは結局のところ
周りを尊重し自己表現を抑えるという我慢とも言える言葉ではないかと考える。

 

 

尊重とは、自分の主観で言っており相手の立場にたって言っているのではないと思うのである。

よりより

ここでは、日々のことを綴ろうと思います。

 

時間の流れや心の余裕さetc……

文章の纏まりがないこともあるけど、

それは現在の自分自身の心の乱れと受け取り

ありのままの素直な自分を表現したいと思います。