損なのか得なのかを考える

現在、いろんな書類を作っている。

Windows XP以来だ。

初めてWindows10を触ってみたら全く理解できなかった。とりあえず本を買って読んで、主人に一つ作って貰った。

が…

やっぱり自分でやりたい!と奮起。

自分に合うものはExcelかWordなのかを模索し、Excelと向き合うこととした。

決算書類はネットで雛形を探し、一通り作ったら面白く、「まだ出来るんだ✧ (°∀°)// ✧」と確信した。

 

最初は、何故こんな損な役回りばかり巡ってくるんだと思ったが、新しいものを覚えることは、自分の経験値を上げる良い機会を貰ったと考えれば得したことになる。

 

昔、アントニオ猪木さんが

「ヤル気があれば何でも出来る」と言っていた。

そうだなぁ〜と納得した。

 

自信がなくて、行動できなかったものに挑戦する機会を与えてくれたことに感謝をしたい。

 

逃げるのは簡単だけど…

立ち向かうことは困難ではない。

明日、明後日の幸せに出会えることこそ得なことである。

 

 

instagram

3年前、一眼レフを貰って、またカメラと出会った。

 

きっかけは更年期による鬱で少しでも良くなればいいと思い始めた。

 

最初は、些細なものから…

そして今は夕焼けを中心に撮影している。

PCがなく、一眼レフが使えなくなり、1年前くらいからiphoneである。

 

しかし、原因がわからない鬱も年に1.2回あるかないかで、ほぼ完治している。

 

最初は「いいね」に振り回されていたが、今はコメントが嬉しく、沢山のフォロワーさんに支えて貰ったことが財産となっている。

 

この一年を振り返ると80枚しかupしていなかった。

鬱が酷い時は繊細な納得いくような写真が撮れたが、最近はメッキり下手くそになってきた。

病気が良くなってきたと受け止めている。

 

来年は別の目標を掲げて、良い景色に出会えた時にpostすることにした。

自然界とは美しく素晴らしいものである。

 

昨今、インスタ映えとか言われているが、振り回されて「いいね」を貰っても嬉しいのか疑問である。

 

個人的の意見だが…

結局のところ、写真は自己満足の世界だ。

自画自賛して思い出作りである。

 

プロもいるし、instagramからプロになった方もいるのは確かである。

自分の視線と人の視線の違いに気づいたら趣味が仕事になっていくこともある。

 

なんの為に写真をupしているのかを自分に問うことも大切と思う。

 

写真も人も

「視点を変えれば、人生も変わる」のである。

 

孤独は本当にさみしいのか

私自身、昔から群れるのが嫌いであり、高校の時から一つのグループに属しておらず、色々なグループを転々としていた。

 

理由としては

「人は常に孤独との戦いだからだ」

確かに人に支えられ過ごして行くものだが、それは群れとは違うと感じている。

 

それと、中には嫉妬での比較をする人が多々いる。一人どこかに行くと、その人の悪口や噂話を作る。

比較と言うものは一種、差別である。

 

ある視覚障害者の方と知り合いになった。

彼女は薄らとしか見えないと言っていたが、話してみると私の心に今まで、どこかに忘れたいたものが蘇ってきた。声の抑揚や話し方で性格まで当ててきた。それは嫌なことではなく新鮮に感じた。心の穏やかと美しさに感銘を受けた。

それから暫く彼女と出会うことが続いた。

声を掛けると温まる気持ちになる。

ある喫茶店で声を掛けた時、

「アナタのような声が聞こえて嬉しかった」と言ってくれたことは今でも響いている。

素敵な出会いが少しずつ変わってきた。

 

来年からは手話教室や体幹を鍛えるためにバレーを始めたいと思っている。

手話は災害の時、相手の不安を少しでも和らげたいと言う気持ちである。

 

健常者は彼らを特殊と思っていること自体が差別であり、私は彼らに嫉妬することもある。

生まれてからの苦労や辛さはわからないが、どんな困難も受け入れ、常に孤独と戦い、自信を持って行動している姿に美しさを感じる。

 

人は最後は孤独である。

成功者は常に孤独であると言うように一歩前進することは自分との葛藤と勇気である。

 

今度、彼女に会ったら長く話してみたい。

前兆

毎日休みなく通院しているストレスか、身体に悲鳴を上げてきた。

眠れない起きれない、追われる夢…

夜中に冷蔵庫を開けて食べ物を物色し食べる

前兆として風邪をひく。

 

夜中に主人の携帯を見る

このくらいなら大丈夫なのか…

LINEの中身をみてアプリをみる

 

出会い系のアプリ発見!

 

同じアプリを登録

 

真夜中に普段、全くしないことをしてしまう。

 

朝起きたらビックリ!!

出会い系アプリは退会しました。

 

鬱前の異常行動は、相手の不審行動を潰し自分を見失う感情が先行してしまうと言うことを知りました。

 

 

(ちょっとした愚痴)

義理姉のLINEの内容…

お前は主人の彼女か!?

「気をつけて仕事頑張ってね」だって

姉がそんな言葉言うか!?

気持ち悪くなりました_| ̄|○、;'.・ オェェェェェ

 

この姉…

自分の結婚式に主人を呼ばなかったくらい嫌っていたのに、私と結婚したら小姑根性が勃発!

姑が「息子を取られた」と言う感情が、この姉に根付いた。

構ってちゃんなんだろう

性格も男女差は酷い。すぐ泣く。

腹黒なのか、ただのバカなのか…

自己愛が強すぎ

 

その内に「私と嫁とどっちが大事?」とか言うんだろうな(笑)

離婚はしないけど別居してあげますよ。

けど…裁判してアナタからも慰謝料を沢山貰いますから(笑)

 

 

50を過ぎているんだから、いい加減に女王様自己中は卒業してもらいたい…

期待してないけどw

 

重なるストレス

ストレスが溜まると行動がストップする。

時には吐き気を催すくらいになる。

 

現在が、その状態である。

 

1.信頼していた人から、訳のわからない批判にて謝らなければならなかったこと

→自己愛が強くて自己正当化する人だった。

許せない感情と自己を棚上げする都合の良い解釈を他人のせいにしたこと。

謝ってもらいたいが…本人は無自覚であり、どうやら職場でも厄介者のレッテルをされているとの情報にて関わらない選択をして、如何に無視をするか模索中。

 

2.ボランティア活動の通帳の内容がむちゃくちゃで、能力以上の考察を模索中

 

3.毎日朝晩の外科付け替え通院の疲労

 

4.明日やるが、また明日とやる気が失せていたが、期限が迫ってきたことと

 

5.性欲が満たされてない

 

6.今後の目標と生きる活力について

 

そんなことかなぁ〜

 

一番の悩みは、寝言が酷いらしく、ずっと怒鳴っているようだ!

 

何で吐き出そうか…

家出するか、

都会に繰り出すか、

とりあえず…

全部片付いたら

現実逃避しようと考えている。

因果応報

意味として

「原因としての善い行いをすれば,善い結果が得られ,悪い行いは悪い結果をもたらすとする」とされている。

 

人によっては自分に現れたり、他者や身内に現れたりする。

 

自分は…

毎回、自分に返ってきます。

良い事も悪い事も。

悪い事は身体に病気となって現れ、

良い事は、ささやかな小さな幸せをもたらします。

 

身内や他人に害がないので迷惑と言う形にはなりません。しかし、病気になれば身内に迷惑をかけます。

…反省点です。

 

今回も8月から子宮頸がんの手術

あ〜終わったと思ったら

お尻に3個の粉瘤

あまりに膿と出血があった為、切除となり、毎日通院してます。

この状態を経過観察して年内か年明けに、あと2個をザックリ切除することとなりました。

傷口が15cmになるらしく腰椎麻酔と静脈注射をしながら取り出すとのことでした。

 

実は現在の粉瘤を切除した時、局所麻酔4アンプル(40ml)使用し、出血が何日も止まらず、ヘモグロビンが13.5が11.4と減少してしまう程でした。

 

閉経後の体質変化で、全く今まで違う症状が発生してます。自分でも良くわからないです。

 

とりあえず全部終了したら紹介状を持って血液内科にかかる予定です。

 

このように、悪い事をすると自分にふっかぶる運命なんでしょう。

 

主人を裏切って不倫していた罪です( ̄▽ ̄;)

 

もうドキドキ・ワクワクの刺激は人に頼らず、自分で作って行こうと決め、精進し今後の手術に邁進する覚悟を決めました。

 

性欲は自分で処理すればいいことだし、主人も、たまになら相手してくれるらしいので、それで満足かな(笑)

 

ただ病み出すとフツフツと胸がざわつくので、闇を見ず、ポジティブに生きて行こうと思ってます。

 

試練

「人生は試練の連続である。」と思って行動している。

 

今回のことについてもだが…

 

子供が小学生の時、保護者の学級委員をした。

4.5.6年生と。

 

5年生より今まで理事がやっていたことを学級委員が背負うこととなり、文章から学級のリクリエーション、毎年行われるカルタ大会の準備・進行を任された。子供会では会計をした。

 

6年生になると全体の学級委員長と子供会の会長の同時進行となる。

実際、キツい。保護者からのバッシングや相談も聴くこともあり、先生への苦情や相談の窓口となり、文章からリクリエーション、カルタ大会の進行も重なり疲れ果てていた。

ある時、5年生全体でプールとかき氷大会をリクリエーションをしたことが成功し、6年生は肝試しとカレーライス作りをすることになった。

コレには学校の許可から先生達の纏め役となり、もう精神的に限界が来ていた。

保護者会で、とうとう涙が止まらない状態となり、自分の弱さを知り、「助けてください!」と一言告げた。

初めはバッシングがあったが、日頃から頑張っている姿を見ていた人から助け舟があった。

タイムスケジュールや買い出しなど、肝試しの用意を助けてくれたことに感謝している。

子供達も喜んでくれ、保護者も大成功と笑顔で言ってくれたことは今でも忘れない。

情けないが、県外から嫁に来た者は、田舎では圏外に近い。

それでも支えてくれた保護者に「やって良かった!」と言ってもらえたことは財産である。

 

そして冬がきて、ある問題が出た。

学級のお別れ会だ。

その年毎にやってもやらなくてもいいと謳われているものだ。

賛否両論はあったが、有志でしてくれた人がいた。感謝してる。

 

その前に、ある保護者と電話で揉めた。

その人は「私が学級委員をしていれば良かった」と大口を叩いて、怒鳴ってきた。「言うならば、あなたがやればいい!」となったが、結局こういうことを言う人に限って行動をしない。他の保護者からも反感があり彼女無視で事が終わった。小中高と一緒だったが、この一件より無視している。許さないと言うより呆れたからだ。

 

学級委員長の仕事は卒業しても終わらず、3月末で確認作業をして終了した。

子供会も一連の作業をUSBに取り込み終了した。

 

「あ〜やっと終わった〜✧ \(°∀°)// ✧と思った。

 

実はまだ終わりではなく、中学校の部活の部長となり会計は仲良い知り合いにやってもらった。

今までは資料から会計を顧問がやっていたが、保護者が行うこととなり、保護者会の召集や規約、通帳などを作成した。

以前よりは楽だが、顧問との三者の話し合いをして決め事をしていた。

 

「あ〜これで終わった〜」と肩をなでおろした。

と、思った矢先、高校3年生で学級委員に推薦された。

この頃は鬱真最中で、さすがに断った。

 

何故、私なんだ!とネガティブになったが、人は日頃の努力と実績で判断すると考えた。

 

 

地味に実績を積んで、今の自分がある。

しかし、試練は人生の修行であると悟るまでに時間と体力と精神状態が必要不可欠である。

 

鬱になったから困っている人に手を差し伸べ、優しくできると考えている。

 

今も人生の修行真最中であり試練そのものであると考える。

 

 

まだ続くのかなぁ〜( ̄▽ ̄;)